「ドムス チェア」と暮らす ― ヘリ・ユーティ
フィンランドのヘルシンキを拠点に活動するアーティストであり、ビジュアルコンテンツクリエイターのヘリ・ユーティ。彼女は4脚のヴィンテージの「ドムス チェア」を日々愛用しています。彼女の暮らしと人生の相棒である椅子との出会いについて聞きました。彼女が語るストーリーからは、イルマリ・タピオヴァーラのデザインがいかに長く愛され続けているか、そしてフィンランドの日常生活においてデザインがどのような役割を果たしているのかを感じることができます。
ヘルシンキ東部にあるヘリ・ユーティの自宅は、1960年代に建てられた、コンクリート打ちっぱなしのブルータリズム様式の集合住宅です。周囲には豊かな自然が広がり、窓の向こうにはうっそうとした木々の端々からごつごつした岩がのぞくフィンランドの森の風景が見えます。バルト海までも歩いて数分のロケーションです。アーティストであるデザイナーでもあるヘリ・ユーティは、この土地に流れる空気感に呼応するかのような住まいに暮らしています。クォーツの床やスチールのキッチンカウンターといったインダストリアルな素材に、自身の彫刻作品やアート、そして温かみある木材のディテールを組み合わせた、彼女らしい空間です。
リビングに置かれたダイニングテーブルのまわりには、4脚の「ドムス チェア」が並んでいます。そのうち2脚はオンラインオークションで見つけたそうですが、残りの2脚に出会った彼女のエピソードは、フィンランド社会におけるデザインの普遍性を感じさせます。
「12年ほど前、私の父はフィンランド西部のヴァーサ市で働いていました。父は、工事現場で休憩するために使いたいと思い簡易的な中古の小屋を購入しました。それを、家族のサマーコテージの敷地内で、作業道具の物置として使おうと考えていました。その中古の小屋が届き、ドアを開けてみると、その中には何脚かの椅子が入ったままになっていました。おそらく、前の持ち主や、前の作業場でも休憩所として使われていたのでしょう。父はその汚い椅子を焚き火で燃やしてしまおうとしましたが、母が『捨てる前にヘリに聞いてみたら?』と声をかけてくれたおかげで、この椅子たちは命拾いをし、私のもとにやってきたのです。」
このエピソードは、「ドムス チェア」が「機能のための椅子」から「普遍的な木の椅子」へと歩んできた歴史と重なります。1946年にイルマリ・タピオヴァーラが学生寮のためにデザインしたこの椅子は、もともとは実用性を第一に考え生み出された存在でした。このエピソードの中でも、一時期は作業場で働く人たちが使う、純粋に機能的な道具として使われていたものです。そして今、この2脚の「ドムス チェア」は、ヘリ・ユーティの丁寧にしつらえられたインテリアの中で、あらためて「デザイン」としての新しい命を得ています。
それぞれの椅子に残された跡は、過去にどのように使われてきたのかを物語り、インテリア全体の表情に奥行きを与えています。たとえば、2脚の座面の下には穴が開いていて、大人数が集まるような空間で、椅子同士を連結するためのバーが通されていたのではないかと想像できます。ヘリ・ユーティは「みなで共有する大切な時間のために使われてきたことがにじみ出ていて。それがとても好きなところなんです」と話します。そしてその想いは、彼女自身の暮らしのなかにまで引き継がれています。彼女の家で、お客様を迎えるときも、食事の時間も、会話を楽しむひとときも、そして在宅で仕事をする時間にも、「ドムス チェア」は何気ない日々の暮らしの中で使われ続けています。
「私が心から良いと思っているのは、暮らしの中で使い込むうちに、その椅子の『生きた痕跡』が自然と刻まれていく、自然素材であること。時間とともに現れるパティナは、意図的に作ろうとしても、なかなか真似できません。それこそが価値であると思っています。そういう意味では、『ともに過ごす時間』そのものが、すでに贅沢なのですね。」
「普遍」